『SS』キョン……、の消失 18

あの図書館での出来事がまるで昨日の事のようだ。
正確には1時間前の出来事に過ぎないのだが。
などとあたしが遠くを見つめながら邂逅するのにはちゃんとした理由がある。
「いやあ、まさか私がご紹介するよりも早く本人にお会いするとは思いませんでした。偶然というのは恐ろしいものですね。」
言ってろ、どうせこいつが望んだとか言いたいんでしょうが。
「はわわぁ〜、す、涼宮くんが急に呼び出したからびっくりしてたのに〜……まさか…………」
そうですね、あたしもびっくりです。こいつがいきなり図書館の中なのにも関わらず携帯で話し始めやがった時には。なんであたしが頭を下げてたのか誰か分かるように説明してもらいたいもんだわ。
「それはですね…………」
ばかもん、比喩に決まってるでしょ。ったく、こんなところで口を挟むんじゃないわよ。
「………………久しぶり。」
ああそうね。というかその本の山をいつ借りてたのかな? あの呼び出し後の短い時間で。
「なんだよキョン! つーか、お前らも知り合いなら初めっからそう言えよなー。せっかくのサプライズがオジャンだろうが。」
今時オジャンってのを普通に使う高校生がドラマや漫画じゃなく現実にいるってのもねえ。なにより、あんたがあたしの話を聞こうとしてた素振りは一回たりともなかったわ!
「ちぇーっ、みつるだけじゃねえか、驚いてんのがよー。あーあ、もう少しどうにかなんなかったのかよキョン!」
いや、そこはあたしのせいなの?!
心底当てが外れた表情でストローを咥えたまま、両手を頭の後ろで組んでいるのは言わずと知れた涼宮ハルヒコだ。やめなさい行儀悪い。
「なんだよ、お袋みてえだなキョンは。」
だから人のあだ名をそんなに気安く喫茶店の中で連呼しないでって! 別にそんなに気に入ってる訳でもなければ本名を誰も呼んでくれなくて寂しい訳でもないんだからね!!
「あん? キョンキョンなんだからそれでいいじゃねえか。はい、この話お終い!!」
おいおい、あたしの名前ってそんなに簡単なもん扱いなのか……………
しかもこいつ、古泉の奴からあたしのあだ名の事を聞いた瞬間から、
「よし! 俺もお前をキョンって呼ぶぜ! いいな? 決定!!」
と、一方的に宣言したあげくにまるで今まで言い損ねてたのを取り返さんばかりに連呼する始末なのである。誰か助けて。

さて、只今の状況を一応説明しておかなきゃ。なによりあたしがゴチャゴチャした頭の中を整理したいのだ、お付き合い頂きたいものね。
図書館で喜緑江美里という、恐らく九曜と同じような宇宙人のなんたらインターフェースとやらに逆さま空間に閉じ込められたあたしは、頼れるなんとかイントルーダーの九曜に助けてもらった。
オーケー、ここまでは大丈夫。それからが問題なんだけど。
空間から脱出したあたしは、その時大変な過ちを犯してしまっていたらしい。草原を歩いていたら地雷原に入ってしまっていたように。いや、闘牛場でマントを振るつもりで「やっぱやーめた!」と言って帰ってしまうよりタチが悪いのかな?
とにかく、涼宮ハルヒコの存在を忘れるというのはね、つまりはそういうことなのだ。ここ、テストに出るわよ。
綺麗に整った眉を逆ハの字にして、アヒル口ハルヒコがズンズンと迫ってきた時には貞操よりも命の危険を感じたのだ、マジで。
「おい! いきなりどこ行ってたんだよ?! というより俺を無視するとはいい度胸してるじゃねえか!」
お母さん、娘は不良に絡まれてます。というか今度もピンチだ、助けて九曜!!
なんて思ってたら肝心の九曜がいつの間にか消えているという現象に。おい、これはどういうことなのさ?!
仕方が無い、ここは自分の力で乗り越えるしかないのね。そしてこういう時に女の子は男を黙らせる必殺の言葉があるのを多分ハルヒコは知らないのだ!
「と、トイレに行ってたのよ!………………察しなさいよね、もう。」
よし、あたしナイスだ! これで大抵はどうにかなるのだ、橘の持ってた雑誌の記事によれば。そして効果は抜群だった。
みるみる顔が赤くなるハルヒコ。おや? 以外にウブなとこがあるのかな?
「あー、いや……………そのー…………わ、悪かったよ…………」
そんなに簡単に照れないでよ、こっちまで嘘のはずなのに恥ずかしくなってくるわ。
なんとなく二人とも俯いて変な間が空いてしまった。これはこれでピンチよね、どうすんのよあたしは!
ところが助けは意外なところから現れるものね、そんなタイミングであたしの携帯が鳴り出したんだから。一応まだ図書館の中なので急いで電話に出る。ついでに外の方へ歩きながら、ハルヒコも当たり前のように付いて来た。
『もしもし、私が誰か分かりますか?』
ええ、忌々しいが分かるわよ。で、あたしはあんたには携帯番号を教えた記憶はないんだけど?
『ああ、それは長門さんからですよ。不躾ながら私も貴女との連絡先を知りたかったもので』
ふう、個人情報保護法って知ってる?
『ええもちろん。ただし今回は危急の処置ということでご勘弁願えればと』
確かに助かったけど………………まさか覗いてんのか?!
『いいえ、ただ貴女の側に居る人物が私の言っていた方なものですから。これは本当に偶然なのですよ』
どうだか、あたしに尾行が付いていないという証拠はない。橘の『組織』が無能なわけじゃないけど万が一もあり得るし。
『ちょうどいい機会です、我々の紹介も兼ねてお会いしたいのですが』
ううむ、断じて断りたいのだがこの状況ではどうすりゃいいのかしら。というかハルヒコが「早く電話切れ!」オーラを出しまくってるんだけど。
『はい、ですから涼宮さんに代わって頂けませんか?』
なんですって?! もしやこいつ、これを狙っていたのかもしれない。なんとなくだが古泉ならやりかねん。
あたしはせめてもの抵抗として黙ってハルヒコに携帯を渡す。クエスチョンマークを頭の上に浮かべたまんまのハルヒコがそれを受け取った。
「もしもーし!………………古泉?!」
ハルヒコの素っ頓狂な声があたしの携帯を通して古泉に伝わってるのか。無事に帰ってきて欲しい、だからそんなに握り締めるなハルヒコ。
そしてあれよあれよと言う間もなく、あたしの前には宇宙人と超能力者と未来人と神様が勢揃いしてしまっていたのである。なんという行動の早さ、流石はハルヒコ。なにが流石なのかはあたしにも分からんが。
そのままあたし達は流れるように駅前の喫茶店へ。なんだこの違和感の無さは。
まるで決められていたかのように席に着き、大して自己紹介もないまま現在に至ると。以上、説明終わり。

しかし本当に何なのだろうか。あたしはこの空間に溶け込んでいると言わざるを得ない。
まるで佐々木達と居る時のような。
いや、それ以上と言っても言いすぎにならない程の日常的な光景。
100万ワットの笑顔でなにやらまくし立てるハルヒコに微笑みながら相槌を打つ古泉。
朝比奈さんは困ったような、でも優しい笑顔でそれを見守って長門は変わらず読書中だ。
そうだ、あたしはこの光景を知りすぎているほど知っている。
そんなはずはない、あたしたちは初めて会っているはずなのに。
ああ、でも込み上げてくるんだよ、こう、懐かしさってのか嬉しさってやつがね。
『やれやれ、もう少しおとなしくしてもらえんものかね?』
うん、でもあたしはそれが嬉しいと思ってしまってるんだからどうにかしちゃってんのよね。あたしも多分笑顔になってるんだもの。
「決めた!!」
突然ハルヒコが叫ぶ。あのねえ、周りの人たちの目線というのを考えてくれないかな?
「いいから! よし、キョンは今日から俺達の仲間だ!!」
こら、何の少年漫画な展開なのよそれは。
「いいから喜べよ。お前は今からSOS団光陽園支部長なんだからな!!」
SOS団?! なんだ? あたしの中から出てくるこの不思議な感覚は!!
「よーく聞けよ! 世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒコの団! 略してSOS団の名誉ある校外支部長に初めて選ばれたんだ、思いっきり光栄に思っていいぞ!!」
なにが名誉よ、いきなりそんなもん押し付けられてハイありがとうございます、なーんて言う奴がいたらお目に掛かりたいもんだわ。
などと言う至極真っ当なあたしの意見は、この真夏の太陽も真っ青なこいつの笑顔の前には通用などするはずもないのであったりするのだよ。
『まあしゃあねえか、出世したと言う事にしておくことにしとこう』
なにが出世なんだかは知らないが、あたしは確かにここにいるのだ。
SOS団。
ここは……………俺の居るべき場所なんだからな。
まただ、あたしの中の声があたしを動かすんだ。
ハルヒコがあたしの肩を思いっきり叩いた。あのなあ、女の子に対してもっと加減ってもんがないの?!
「もちろん年会費も無料だ、それに北校の本部へのフリーパス権まで与えるぜ! そうだ! 明日学校なんだからもちろん放課後にはミーティングには参加してもらうからな!」
いや、それ無理だって。あたしの都合ってものを考慮に入れることがないのかこいつは。
「なーに、北校ならいくらでも侵入手段はあるんだ、俺が保障してやる。第一回SOS団総支部会議に向けてキョンの活躍を期待してるからな!」
なんだその大仰な会議は。それにあたしはそんなに暇じゃないわよ。
「まあまあ、貴女の部活動については後で涼宮さんにお話しますのでここは穏便に願います。」
キョンさんがウチの学校に来るんですか? どうしよう、湯呑みがあったかなあ…………」
「………………迎えに行こうか?」
お前ら、あたしを助けるという選択肢はないの? はあ、あたしは大きなため息を一つ。
まあいいわ、佐々木たちも1日くらいは大目に見てくれるでしょ。
気軽に考えるあたしってずいぶん懐の深い女なのではないか? 誰も言ってくれないけど。
でもあたしは…………………俺はようやくスタートラインに立てたようだ。
ゴールが見えないってのが厄介だが、そいつももういつものことさ。
喜緑さん。
北校。
SOS団。
あたしは知らない。
俺は細い糸を掴もうとしていた………………