『SS』キョン……、の消失 13

部室にはすでに全員揃っていた。たしかに佐々木と話はしたけど、そんなに経ってないはずなのに。しかも全員なにか不機嫌そうなのが引っかかる。とはいえ九曜はいつもどおりの無表情なんだけど。
「ああキョンさん、とりあえず座ってください。私たちもお昼を食べながらお話しますから。」
そういう橘の前の机にはかわいいお弁当箱がちょこんと乗っている。あたしはその真正面に座って自分のお弁当を広げた。
「で? どういうことか説明してもらおうか。」
立ったままパンをかじってる藤原さんが橘に話を促す。何故座らないのかといえばやかんを火にかけているからだ。どうやらお茶の心配はいらないみたい。
そして橘は深刻な表情を崩さず、
「実はちょっとやっかいなことになりつつあるのです。」
などと言い出したのだ。お前の言う厄介ってのは本当にやっかいなんだから勘弁してほしいんだけど。
「先週の図書館であった眼鏡の彼のことを調べさせてもらいました。」
おい、いくらあたしと会ってたからっていちいち人のこと調べるのはどうかと思うわよ。だいたい偶然なんだから。
「それが偶然ではないとしたら?」
なんだって?
「だってあの人は北校の生徒じゃないですか、ここ最近のキョンさんに北校の生徒が接近してきた。怪しんで当然なのです。」
ふざけているようで見るところは見ていたようだ、橘はあの後すぐに『組織』と連絡を取ったらしい。というかあたしは眼鏡くん、長門くんだっけ? 彼が北校の制服を着ていたことすら見逃していたのか。いや、当たり前すぎたような。
「するとおかしなことが分かったんです。彼は5年前からのデータが曖昧なのです、まるでそれ以前には存在していなかったかのごとく。」
5年前? …………ということは、
「はい、佐々木さんの能力の発現と一致します。」
「つまり佐々木と何か関係があるというわけか。ふん、どうやら北校というのが我々の敵のアジトってとこか?」
藤原さん、まだ敵ってわけでは無いと思いますが。
「ええ、まだその長門さんが佐々木さんとどう関連するのか判明はしていませんし。」
「―――――彼は―――――」
その時、今まで黙っていた九曜が突然口を開いた。
「彼は―――――情報統合思念体の作成したインターフェース――――」
なにそれ?そのなんとか体ってのはなんなの?
「――――宇宙に存在する情報が思考する存在―――それは宇宙空間を漂いながら――――観察する――――」
「よくわかんないんだけど、つまり九曜のお仲間なの?」
「――――似ていて―――違う―――――私たち天蓋領域とのコミュニケートの―――前例はない――――」
なんだかわかんないが九曜とは違うものだってことはわかった。
「――――鍵は――――見つかった?―――」
いや何で疑問系なのかな? とにかくあたしと接触したかったってことなのかしら。
「――――――――――」
九曜が軽く首を傾げた。どうやらこいつにも真意は読めないってのは本当らしい。
「ふん、お前が見た時空同位体はそいつと繋がりそうだな。」
どういうことですか藤原さん?
「簡単なことだ。北校というキーワードをお前の深層心理に埋め込み、自らの接触時に心理的同意感を志操しようという腹だろう。」
あー、もう少し分かりやすくお願いします。
「つまりキョンさんに警戒心を持たれないように細工しているってことです。」
そうか、ごめん橘。なんにしろ確かにあたしは長門くんに警戒心をあまり持たなかったのはそれがあるからだったのね。
『そうだ、お前とも長い付き合いだからな』
なにか違う気もしなくはないけど。
「それにしても情報統合生命体の目的はなんなのでしょうか? 佐々木さんへの直接アプローチではないのが逆に怪しいのです。」
お、すごいな橘、よくあんなややこしい名前をスラスラ言えるもんだ。そんなあたしの感想などまったく気にしない藤原さんが、
「大方僕たちの出方を見るために一番接近しやすい人間を選んだんじゃないか。」
悪かったわね、どうせあんた達から見ればあたしは隙だらけでしょうよ。
「別に構わん。その分は僕らの役目だ。」
お?珍しい、藤原さんがそんなこと言うなんて。
「馬鹿か、油断するなという事だ。第一、これだけが相手の手段だとは思えん。必ず次のアプローチがあるはずだ。」
「そうですね。今回は図書館で私たちもいるという油断を突かれた形ですけど、今度はそうはいかないのです!」
橘が力強く拳を突き上げた。
「――――――気を――――つけて―――――」
ええ、ありがとう九曜。あたしは九曜の長い黒髪を撫でた。何故かそうしないといけない気がしたから。
九曜が小さく首をすくめた。
「さあ、それなら腹が減っては戦が出来ないのです!せっかくですからみんなでご飯を食べましょう!」
明るい橘の声とタイミングよく沸いたお湯で藤原さんがお茶を淹れてくれたので、あたし達はそのまま部室でお昼を食べた。佐々木がいないのが少し残念だけど。
この時あたしも油断はしないと思ったはずなのだ。
しかし敵(と呼んでいいのかは分からないけど)は早くも次のアプローチをかけてきたのだ。
それはあたし達が部活を終え、あたしが一人で家の前まで帰ってきたときに黒塗りの高級車という形で。
家の前に横付けされた車から降りてきたのはまたもや北校の制服に身を包んだ人物だった。
肩までかかる軽いウェーブヘアーに柔らかい物腰の爽やかな笑顔の女性。
初対面なのに、
「どうも、突然押しかけまして申し訳ありません。しかしこちらにも都合というものがありまして。」
その笑顔が作り物めいているのが気に食わない。橘も敬語調だが、こいつの場合は芝居なのがわかってしまうのだ。
「すいませんが少しお付き合い頂けませんか? ええ、すぐに終わります。」
…………どうせあたしに断る選択肢はないんでしょうね。
こうしてあたしは胡散臭い笑顔の女―――――古泉一姫と名乗った―――――の車に乗り込んだのだった。
なーに、なにかあったら橘の『組織』が黙ってないでしょ。それもあるからあたしも相手の話を聞く気になったんだから。
車がまるでアクセルを踏んでいないかのようにスムーズに発車する。
さて、宇宙人の次はなんなのかしらね、あたしは古泉(何故か呼び捨てにしたくなる)が話すのを待った。