『SS』キョン……、の消失 11

北校の制服の女生徒はあたしのすぐ先を歩いている。それを追うあたしは図書館の中なのに全力に近い疾走中だ。
それなのにまったく距離が縮まらない、それどころか彼女はまるで追跡を避けるように棚と棚の間があれば曲がってくるので見失わないので精一杯なんだから。
なんなのよ一体! それにここってこんなに広かったの? 同じとこをグルグル廻ってるだけなのかもしれないけど。
でもあたしは気付いてなかった。彼女を追い出してからあたしは誰にも出会ってないってことを。
そしていくつ目かの曲がり角を曲がった時には彼女の姿を見失ってしまった。
くそっ!どこだ?!
いつものあたしらしくない言葉遣いで彼女を探す……………………………いた!!
いつの間にか緑の髪の女性はある本棚の前に立っていた。いや、そこから取り出したのか分厚いハードカバーの本を読んでいる。
そして彼女はあたしを見るとニッコリと微笑んで本を棚に戻したのだった。やっぱり彼女はあたしを知っている。多分あたしも。
「待って!!」
あたしは彼女を追うが、彼女は無視してまた歩き出した。あたしは後を追って本棚を曲がり………………見失った、今度こそ。
どう探してもあの女性はいない。あたしは途方にくれてしまった。やれやれだわ、なにやってんだあたしは。
ふと気付けばあたしはさっきまで彼女が本を読んでいた棚の前に立っていた。おかしいな、あの後も結構捜し歩いたはずなのに。
しかしあたしにはもう何も出来る事がない。仕方なしに目の前の本棚を見やる。そういえばあの人は何を読んでいたんだろう?
なんとなくそう思って本棚を探してみた。どこかにヒントでもないかと思ってたのかもしれない。
漠然と本の列を見ていると、本棚の少し上の方に不自然な列の乱れがあった。まるで本を取り出して戻したような、というより分かるようにしておいたみたいに。
「よっと………」
あたしの背だと少々高めな位置の本をどうにか背伸びしてとろうとする。もう少しなんだけど………
せめて踏み台ぐらい探せばよかった、というかあの人はどうやってこんな高いとこの本を取って戻せたのよ?
そうやって悪戦苦闘するあたしの真後ろにスッと誰かが立つ気配がした。え?さっきまでは誰もいなかったような。
その真後ろに立った誰かはあたしの背よりもだいぶ高い。その人はこれまたスッとあたしの後ろから手を伸ばすと、あたしの取りたかった本を手にした。
「……………どうぞ。」
あ、もしかしてあたしの為に本を取ってくれたのかしら?
「ど、どうもすいま………………!!」
振り返りお礼を言おうとしたあたしの中に訳の分からない衝撃が走った!
長身で細面の美男子がそこにいたからだ。アッシュグレーの髪が柔らかく揺れ、知的さを感じさせる顔立ちに眼鏡をかけている。
でもね、美形だから驚いたんじゃない。あたし、初対面のこの人を知っている!と思ったんだ。
「………………」
その彼は黙ってほんを差し出してる。無口にもほどがあるわよ。
「あ、あのありがとうございます。」
とにかくお礼を言って本を受け取った。今まで読んだ事もこれから読む事もなさそうな分厚い本。
「……………借りるのか?」
え?あ、ああそのつもりだけど。
「こっちへ。」
そう言って謎の美形はあたしを先導するように歩きだした。なんだか分かんないけど逆らわないほうがよさそうね。
あたしはそのまま受付へと連れていかれた。さっきまで散々走ったりしてたのに受付ってこんなに近かったっけ。
そして眼鏡くんは受付の人と一言二言、言葉を交わすと、
「借り方を知っているか?」
と聞いてきた。失礼だな、いくらあたしだって図書館での本の借り方ぐらい知ってるわよ!…………まあ借りたことないけど。
「……………………そうか。」
眼鏡くんは再び受付に行くと、
「これ。」
と言って一枚の用紙を持ってきた。
「書いて。」
分かってるって、やり方は。なんだか知らないがあたしがこの本を借りるのは決定らしい。
「はいはい………」
渋々ながらも記入してるあたしってなんなんだろ。
あたしが必要事項を書き終えると親切な眼鏡はまたも受付と往復してあたしのカードをもらってきた。
「ありがと。」
なんだろう、あたし前にもこんな事してたような気がする。
「別にいい。」
そう言って眼鏡くんは立ち去ろうとした。ちょ、ちょっと待って!
「…………なに?」
あー、わざわざご親切にどうも。あのー、
長門有希。」
はい? あ、ありがとう長門くん。
「……………」
眼鏡を軽く直した長門くんは何も言わずに去ってしまった。親切なのか無愛想なのかどっちかにしてほしいわ。
さて、図らずも本など借りてしまったんだけど、これどうしよう?
などとあたしが途方にくれかけていると、
「ふーふーふー、見たのです。見てしまったのですよー。」
などと不気味にぬかす声が。あのな橘、お前なにやってんのそんなとこで。この場合のそんなとこと言うのは、受付のカウンターに隠れるようにしゃがみ込むことを指す。
「だってキョンさんがイケメンと楽しく本なんか借りてるじゃないですか!これを事件と言わずに何が事件なのですか!ねえ佐々木さん?」
なんだ佐々木、お前まで橘のえせ探偵ごっこの付き合いか。
「いや、僕が目的の本を借りようとしてたら橘さんが偶然君達を見かけてね。悪ふざけとは思ったんだがなかなかスリリングで面白かったよ。」
あたしは面白くないわね。第一あたしが本に手が届かなかったのを取ってもらっただけよ。
「おお!なんというシチュエーション!これは恋のフラグ発生なのですか?!」
こら、なにを興奮してとち狂ったこと言ってんのよ!第一向こうは無口で無愛想にあたしの本を取っただけだって。
「ちぇー、つまんないのです。」
なにを期待してんだお前は。
「くっくっく、キョンらしいと思うけどね。親切にさせたいなにかがあるんだよ君に。」
それもなんかおかしくない?そりゃ美形だな、とは思ったけど。
「キャー!キョンさんも興味あるんじゃないですか!で?で?名前とか?住所とか?アドレス交換とかしたんですか?」
できるか。ほんの少しだけ歩いて受付にいただろうが。
「えー、でも聞き出すことはできるじゃないですかー。」
だからそんなんじゃないっての。
「お前ら、ここをどこだと思っている?騒ぐなら外でやれ。」
いつの間にか橘の後ろにいた藤原さんが借りた本で軽く橘の頭をはたいた。
「いたっ!なにするんですか、このムッツリストーカー!」
「お前、本気で僕を怒らせたいようだな。」
「まあまあ、たしかに私たちが騒がしいようだ、ここは一旦図書館を出ましょう。私も目的の本は借りたから。」
「む、僕も用件は済ませたから構わん。」
「それじゃお昼にするのです。私もうお腹ペコペコなんですから。」
「ふん、知的好奇心のないやつは食欲しかないとみえる。」
「なんですって!!」
はい、そこまで。さすがに周囲の目線が痛くなってきたからもういくわよ。ところで九曜は?
「―――――――さっきから―――――ここに――――――」
わっ!いつの間にあたしの隣に?!というかさっきからっていつよ?
「――――――その本―――――」
あたしの疑問は無視なのね。それよりも九曜は本に興味があるのかずっと凝視している。自分もかなりの量の文庫本を抱えてるんだけど。
「ああ、つい流れでね。なんなら九曜が読む?」
正直なんで借りたのかも分かんないし、多分こんな本読まないとも思う。読めないんじゃない!ということにしといて。
「―――――いい。」
あ、小さく首を振られた。仕方ないとりあえず持って帰って、すぐ返すとしよう。
あたし達は結局、全員本を借りて図書館を出た。ちなみに橘はライトノベルを借りてた。
「いやー、図書館にもあるんですね。おかげで新刊買わずに済むのです。」
多分そう言ってても買うんだろうな。こいつは意外にそんな面がある。
その時九曜が呟いた言葉はあたしの耳には入らなかった。
「――――多分その本は―――――私には読めない―――――あなただけ――――――」
妙に重い無駄な荷物を抱えてたけど、その後のあたしたちはまあ普通に過ごしたわけよ。
その日の夜までは。