『SS』続・たとえば彼女と………

季節はもうすぐ春へと向かう、暖かな日差しが心地良い今日この頃。
俺は小春日和の恩恵を受け、ささやかな休日を一人ダラダラ過ごす予定だったのだが、何の因果か外出を余儀なくされてしまった。
原因をくどくどと説明するつもりはない。ただ、ペットを飼うからには念を入れるべきだとウチの親が考えただけのことだ。
そして当ても無く適当に時間を潰していた俺は、一人の少女と出会った。
そいつは今、俺の横で何処を見るでもなく佇んでいる。
おいおい、せっかく連れてきたんだからもう少しは関心を持ってくれてもいいんじゃないか?
そいつ――――――周防九曜は、そのまま何時間でも立ち尽くしていそうな雰囲気で無表情に立ち尽くしていた。
俺は偶然こいつと出会い(何故俺の居る場所には宇宙人だのが出てくるんだ?)、同じような宇宙人を知る者として純粋な興味本位で共に図書館へと赴いたのだった。
まったく抵抗も無かったから、少しは関心があるのかとも思ったのだが。
しかし相手の都合も聞かずに連れてきてしまったのは俺の方だ、いやいや俺もハルヒ菌とやらがが移ってきたのかね?
いつまでも図書館の入り口につっ立っててもしょうがないので、俺は九曜を連れて図書館の奥へと進んでいった。
これが俺の良く知る宇宙人なら、すでにふらふらと本の森の中へ消えているはずなんだがな。
「お前、ここへ来るのは初めてだろ?」
そう聞いてはみたものの、九曜はただ立っているだけだ。なんというか、宇宙の親玉連中はコミュニケーションというものを学んでからこっちに来てもらいたい。
そう思ってたら、急にこっちを見るんだよ。本当に心を読まれてないのか?
もう一人の宇宙人の言葉を信じるしかない俺は、こいつのリアクションにただ驚くだけなのさ。
「―――――――ここは――――――――静かね――――――――――――」
ん?なんか初めて意思が通じるセリフを聞いた気がするぞ。
「ああ、図書館ってのは基本的には静かなもんさ。」
「――――――――そう。――――――――」
おい、それはあいつの真似か?いや考えすぎか。
すると九曜は手近な所にあった本を棚から取り出した。
別に分厚いSFでも参考書の類でもない、ただの小説だ。それを手に取った九曜は表紙をただ眺めている。
「どうした、読まないのか?」
「―――――――」
もしかしたら関心がないのだろうか?
「あー、ここはつまらんか?」
すると九曜は俺の方を向き、
「此処は――――――――――心地よい――――――暖かい――――――――――」
そうか、やはり宇宙人と図書館というのは相性のいいものなのか。
俺は自説が証明できたことに妙な満足感を覚えていた。これならこいつとも何か会話が出来るかもしれん。
「お前は本とかよく読むのか?」
「――――――――?」
だからそれは真似のつもりか?俺の目を見つめたまま小さく首を傾げないでくれ。
「私は――――――――知りたい―――――――――」
つまり読んでるってことなのか?よくはわからんが。
九曜は結局、本を開くことなく棚へ戻してしまった。何なんだ一体。
しかもこいつは、ふらふらと棚の並ぶ奥へと移動しようとしやがる。初めて自主的に動いたかと思えば俺は置いてけぼりかよ。
まったく宇宙人ってのは行動パターンが似てくるのかね?
これがあいつなら安心して任せておけるのだが、なにしろ相手はあの九曜だ。
仕方なしに後を付いて行くことにする。
ふらふらとした態度はあいつそっくりなのだが、あいつの場合はある程度目標を定めて動いているのに対し九曜の奴はまったくの無作為にしか見えん。
ただ身近の本を手に取り、表紙を眺めては戻す作業を繰り返している。
もしかしたらあれで内容を理解しているのかもしれんが、あいつも同じ事が出来るのだろうか?
しかしあいつは、本を読む行為そのものを愉しんでいたようだしな。そう言う意味ではやはり九曜は人間とは違う存在だと認識させられる。
ただ、あいつが人間臭くなったのかもしれんが。
ところが宇宙人というのは俺の予想を覆すものらしい。
九曜はある棚の前で立ち止まったのだ。それは自然科学のジャンルだったが、まあそれは大した事じゃない。
「――――――――――――――――」
その大きな黒い瞳は棚の上部に並べられた本の一点を見つめている。
おい、どうした?何か宇宙的な関心事がそこにあるってのか?!
いや、それならここの常連であるあいつの目に留まらんはずはないのだが。
「―――――――届か――――――――――ない―――――――――」
はあ?
「あれは―――――――――遠い―――――――――?」
そうだ、たしかにこの棚の上にある本は小柄な九曜には届く位置ではない。
だがなあ……………………………
「お前、そのー、なんか宇宙的な力とかで取れないのか?」
「―――――――あなたは―――――――それを――――――――望んでいる――――――――の?」
だからその首の角度は誰かに習ったのか?似すぎてて笑えんのだが。
「いや、まあな…………………」
そういや、あいつはこんな時どうしてんだろ?
「―――――――――取って――――――――」
なっ?!
「あれは――――――――――取ってもらうの―――――――――?―――――――」
ああ、そういうことか。はいはい、わかりましたよ。
俺は手を伸ばして棚の本を取る。
「ほら、これでいいか?」
「―――――――――――――いい。」
その言い方までそっくりかよ。まったく、タイミングに多少の誤差があるとはいえ俺の心臓にはあまりよろしくない傾向なんだぞ。
そんな俺の気持ちなどお構いなしに九曜は相変わらず表紙を眺めている。
やがて、
「――――――――――――戻して――――――――」
もういいのか。
すると、あの九曜が頷きで返してきたのだ。
他の奴が見たらまったく変化を見分けられないだろうが、なにしろ無表情な奴の表情を読ませたら俺もなかなかのもんなんだぜ?
とはいえ、その動きはあいつに似すぎてて参るのだが。あいつが棚の前で立ち尽くしていたら、万難を排して棚の上の本を総ざらいしても構わんのだがな。
しかし、なんというか、せっかく本を取ってやっても眺められるだけってのも味気無いもんだ。
「なあ九曜、せっかくなんだから本を開いて読んでみないか?」
それが普通なんだから、お前も少しは地球人側に歩み寄ってもいいと思うぞ。
「―――――――あなたが―――――――望むなら―――――――――」
と、九曜がまたふらふらと歩きだした。どういうことだ?
後を付いて行くと、九曜はいわゆる児童書のコーナーで立ち止まった。
そして一冊の本を取ると近くの椅子に座る。
そのまま九曜はフリーズしてしまったんだが、何なんだよこれ。
「あの〜、九曜さん?」
「―――――――――」
無言かよ。
「ったく、どうしろってんだよ………………………」
俺は九曜の横に座るしかなかったんだが、座ると同時に奴は俺に本を突きつけた。
?何のつもりだ?
「――――――――――読んで―――――――」
何だと!?
「本は――――――――読む――――――もの―――――――」
たしかにそうだが、それはお前がやる事であってだな………………
「―――――――――読ん―――――――――で?」
ああもう、それは反則だろうが!!お前ら、俺の知らない所で情報交換でもしてるのか?!
九曜の黒々とした瞳に見つめられたまま、首を俺にしか判らない角度に傾ぐ仕草は俺の良く知る宇宙人に激似な訳で。
俺は何故か逆らう事が出来ずに小学校以来の児童文学を朗読するはめになった……………………罰ゲームか、これは?
こうして4冊目の本を俺が読み聞かせ終えた頃には、図書館も閉館時間を迎える事となったのである。
1冊目の途中から周囲には子供達が集まり、ちょっとした朗読会みたくなってしまったのは俺の中では消し去りたい記憶の一つとなるだろう。
暖かくなってきたとは言え、さすがに日も傾きかけている時間に俺達は図書館の入り口にいた。
もう家に帰っても大丈夫だろうな。
俺としては九曜を送るのもやぶさかではないのだが、なにしろこいつが何処に住んでいるのか見当もつかん。
ならここで解散するのがいいんじゃないだろうか。
そんな俺の気持ちが通じたのか、九曜は入り口に佇むと、
「――――――ここは―――――――暖かかった―――――――――」
と言うと俺に背を向けた。どうやらお別れらしい。
「なあ、今日は付き合ってくれてありがとうな。」
まるで歩いているようには見えないが、確実に小さくなる背中に俺は語りかけた。
「―――――――――いい。」
あー、でもそれは勘弁してくれないか。何か居心地が悪くなりそうなんだ。
「―――――――また――――――――図書館へ―――――――――――」
おい!それって………………………
フッと気配が消える。確かに目の前にいたはずなのに。
「………………やれやれ、せめてサヨナラぐらいは言ってもらえないもんか?」
最後のセリフが妙に引っかかったが、まああいつも楽しんだってことなんだろう。
さあ、家へ帰ってシャミセンとの親交でも暖めるとするか。







そう思って図書館を後にした俺の背中に急激な寒気が襲い掛かってきた。
なんだ!?まるで俺だけ真冬の、しかも猛吹雪の中に裸で放り込まれたようなこの感覚は!!!
それは鋭い刃となって俺の背中に突き刺さる。
やばい、俺の直感がさっきから緊急警報を鳴らしっぱなしだ!!
こんな時、無力な俺はどうしたらいい?
いや、無力を嘆く暇すらない。危機はもうすぐそこまで迫っている!!
こういう時に一番に頼れる人物の顔が脳裏に浮かんだ。
そうだ、あいつならこの俺の状態を察知しない訳がない!!
ならば俺もここで少しでも時間稼ぎをしなくては!!
俺はちっぽけな勇気を振り絞り、振り向いた!!
するとそこには!!!!!

―――――――などと現実逃避してもしょうがない。
もうお分かりだろう、俺の目の前に立っている人物が誰かを。
そいつは俺の良く知るなんとか思念体のインターフェースで宇宙人なんだよ。
ただ俺の見たことのない絶対零度の目線があるだけで。
「あのー、長門さん?」
「なに?」
「いつからこちらへ……………………?」
「私はあなた達よりも前に図書館にいた。」
ああそうなんだー、ということはー、
「………………………何故二人で?」
そうだよなー、全部見られてたんだよなー……………なんでしょう、この罪悪感は。
「説明を求める。」
まあこの後、長門のマンションに引きずられていった俺が何だかんだで開放された時には、家で着替えて学校に行くしかなかったってのはまた別の話だ。