『SS』ちいさながと 7

自転車を走らせながら、俺は右肩の長門に話しかける。
「ところで何時からその姿になっちまったんだ?少なくとも俺達と一緒に居た時には何も変わった様子なんかなかったじゃねえか。」
「……………………」
ん?何か言ったか?とにかく走りながらなんでよく聞こえんぞ。
すると、
「うおわっ!!」
なにやら暖かくて柔らかい感触が俺の右耳を包み込むって、長門!耳を抱きかかえるな!!
「……………………この方法が一番効率よくあなたに音を伝えられる。」
そうかもしれんが、息が!息が直接鼓膜に当たるみたいで、もうそれはこそばいやら何やらなんだって!!
「我慢して。」
あれ?ここは「そう。」じゃないのか?別にお前だったらいくらでも言葉をつたえられるんじゃないのか?!
「能力が足りない。」
だから背筋になんか走るんだって!!大体ステルスとかできて言葉を聞かせられないってどんなアンバランスなんだ?
「我慢。」
いや、くすぐったいというか吐息が暖かいというか、その。
「私がこの状態になったのは、あなた達と別れて自宅に帰宅した直後。」
ああそうですか。もうなんか頭がくらくらしそうなんだが。
おまけに接近しているせいか、なにやらいい香りまでしてきた気がしてしょうがない。これはなんの拷問だ?
「事態を把握するまでに時間がかかり、あなたに連絡できたのがさっき。」
ははは、もうイヤホンをつけて音楽聴くのはやめよう。というか長門の声ってこんなに頭に残るのか。
綺麗な声だとは思っていたが、普段こんな大音量で聞いたことはないからな。しかも耳全体に長門の感触付きだと。
なにか抱きしめられて、いや実際一部を抱きしめられているのだが囁かれるというのは普通の青少年たる俺には刺激が強すぎる。
このままこいつの声を聞きながらだと、どこか違う世界に飛んでいってしまうかもしれん。
「体温が上昇している。」
そりゃそうだろ。
「頭部への血液の集中。」
当然だな。
「顔色が……………………赤い?」
いうな。
「ウイルス等病原体は検知されない。乳酸値なども正常範囲。なのに何故?」
そのお前の感触と声が原因なんだよ。だから勘弁してくれ。
「あなたは………………………照れている?」
だからいうなっての。
「………………………そう。」
そのセリフと共に長門の吐息が耳をくすぐる。
それは俺が今まで味わったことのない感覚で。
思わず長門の方を振り向いてしまった。
「あ。」
振り落としてしまうかと思ったが流石に長門はこのぐらいではビクともしない。
しないんだが、あー、俺が急に振り向いた時には長門は俺の耳を抱えていたんだな。
その位置のまま俺が顔を動かした、ということはだ。
「……………………………………油断した。」
俺の鼻っ柱にキスしてしまった小さな宇宙人はさっきまでの俺とまでは言わないが、顔を赤くして俯いてしまったんだよ。
なんとなく気まずい雰囲気になってしまった俺達の前に、救いの手が現れたのはこの時だった。
暗い夜でも煌々とした明かり。
まあコンビニなんだが、これはナイスタイミングである。俺は話のきっかけとばかりに、
「なあ、帰ってすぐにそうなったということはお前、食事とかまだなんじゃないか?」
1ミリ動く頭。
「そうか、今から家に帰ってもおそらく飯はないだろうからコンビニでもよるか?」
1ミリの肯定。
「よし、コンビニ弁当ですまんが俺の奢りだ。」
引っ掛けた上着に何故か漱石さんが1枚いらっしゃったんでな。長門の為に使われるんならラッキーなもんだ。
「………………………ありがとう…………………」
それこそさっきみたいな位置で聞きたかったもんだぜ。
「そう。」
いや、もう店に入るんだからやめてくれ。
こうして俺達はコンビニで小休止と相成った。
そういやまだ親への言い訳を考えてなかったぞ。ついでだから長門の知恵を借りようとするか。
恐らく何弁当を食うか考えてるだろう肩のり宇宙人と共に、俺はコンビニに向かった。