『SS』『ツンデレ議員 安部五十鈴!!』第0話中編


いやいや、俺の貴重な睡眠時間を削ったんだ。こいつらに罰も当たらなきゃ嘘だろ。
と思っていたら、何故か罰の奴は俺に当たってきやがった。
女の子の姿なのは、せめてもの情けかね。
「ちょっと!アンタ、ワタシが生徒会にお礼に行くぐらいの間は待ってるのが当然でしょ?!」
いきなり走って来て俺の後頭部におもいっきり平手を食らわせた罰女はもちろん安部五十鈴だ。
「ちょっと待て。なんで嫌々卒業式に付き合わされた揚句にお前を待たにゃならん。しかもそれを理由に叩かれるってのは割に合わないにも程があるんじゃねえか?」
俺なりにはかなりの正論だと思ったんだが、安部は聞く耳を持つどころかキッパリと言い切りやがった。
「あのね、ワタシは卒業式っていう感動をアンタに分かち合ってあげたの!それに……」
ビシッと俺を力強く指差した安部。
「女の子を一人残して帰っちゃうような薄情な男なの?アンタは!」
うぉぅ!すげー理屈だ。まるで俺の方が悪者じゃねえか。
まあ確かに安部を一人にするのはアレかもな。ちょっと誤解を産むかも知らんな、特に出待ちもないような卒業生の男性諸君には。
ここで安部五十鈴という女の外見を説明すれば、腰までかかる髪を上の方で二つに結んでいる、所謂ツインテールに真ん中分けの軽く巻いた前髪。
気の強さを良く現す整った眉に輝く大きな瞳。
通った鼻筋に桜色の唇はへの字がデフォなのが玉に傷か。
そして冬服のセーラーの上からでも判る出るところは出て引っ込むとこはちゃんと引っ込んでるプロポーションの良さって俺はそんな目線で見たことないが。対外的な意味だぞ、あくまでも。
そう、安部五十鈴とはつまりは黙っていれば、まず美少女と言われる類の女なんだよ、これでも。
それを一人にすれば卒業生なぞが一か八かな賭けに出ないとも限らんか……それも一興な気もしなくもないがな。
おろおろする安部の姿が目に浮かぶぜ。
よし!ここはビシッと。
「わかった、俺が悪かったよ。」
……………何故折れる俺。
さてさて、こうして何故か謝罪させられた俺は安部と二人で笑顔と泣き顔とが交錯しているグラウンドを抜けて校門までやってきた。
と、ここで俺はふと気付く。
「ていうか、安部は誰か先輩に挨拶とかはないのか?」
「別にないわよ。部活も入ってないのはアンタも知ってるでしょ?」
そりゃあ俺もお前も帰宅部所属だし、なぜか帰り道の途中までお前の顔を見なきゃならんからそれは知ってるがよ。
ん?じゃあなんで俺たちが卒業式なんぞに出にゃならん!
しかも何度目だ、この台詞!
「だからぁ!」
ドンッ!と効果音さえ聞こえそうな程胸を張り(どうでもいいが物凄く強調されてた。いや、着やせするタイプなのかもしれんがこのポーズだとはっきり判るんだろう。どこが?というのは野暮ってもんだ。)、安部は高らかに言い放った。
「あらゆる学校行事に参加するのは学生としての当然の義務兼特権だからよ!!」
……………あのな、一瞬だけまともな意見に思えたが、それって入場無料だからって訳分からんイベントに参加してるオバハンと同じじゃねえか、それって?
「全然違うじゃない!この三年間しかない今だからこその想い出を作らなきゃならないのよ!」
あー、そういうことにしとこう。なら一年生の時に何故参加してなかったかはあえて問わないから。
「…………だってその時はアンタ用事があるとかでいなかったし………」
あん?なんか言ったか?
「っさい!想い出作りにも色々タイミングとかあるのよ!」
へいへい。んじゃ思い出に浸れるように、俺はとっとと帰って寝ますよ。
っと、安部を送ってからか……………校門前でハイ、サヨナラって訳にもいかんだろうからな。
今のテンションの安部と二人で帰るのが幸運なのか不幸なのか、むしろさっきまでの話題でうるさいから不幸だろうな、とか考えていると、校門前に黒塗りのいかにも高級車な雰囲気満載のリムジンが停まっていた。
まるでそこに車がいたのを予期していたかのように、安部はそちらへ走っていく。というか分かってたんだろうな、こいつ。
「………なんだ、あいつも来てやがったのか?」
何故なら、そのリムジンには俺も見覚えがあるからだ。
とは言え安部がそんなにお嬢様って訳ではないぞ。
まあ黙ってるときのルックスだけならリムジンに乗ってても可笑しくはないが、あいつの家はまあ普通だと聞いている。
………ウチよか経済的にはマシかもしれんが。いや、話だけだぞ?
思わず家庭環境に措ける貧富の差なんぞ比べてしまった両親に変にすまない気持ちになってしまった俺をよそに、安部の動きに合わせるようにリムジンの後部ドアが開いた。
そのドアの中に聞こえるように安部が…………いや、怒鳴るな。
「わざわざゴメーン!!!待たせちゃったー?!」
安部よ、まずはその距離ならそんな大声はいらんと思うぞ。
それに車で楽してるやつに謝る前に、まず睡眠を削られた上に徒歩でこなきゃならなかった俺に対して謝れ。
しかし、そのリムジンからうら若き乙女が降りてきた為に俺の苦情はどうやらスルーされたようだ。
「いいえぇ〜、うちも〜今着いたとこ〜どすからぁ〜〜〜〜」
………間抜けに聞こえるか?でも文字にしてみたらこうなってしまうんだ、勘弁してくれ。
乙女の名前は『麻泉 卑巫魅』(あさいずみ ひふみ)。俺らのクラスメイトにして天下に名だたる大企業、麻泉グループの社長令嬢という正にプリンセスオブお嬢様と言わざるを得ないお嬢様である。
その佇まいたるや、腰まで流れる濡れたようなストレートの黒髪にきっちり揃えた前髪が日本人形を彷彿とさせ。
自然に且つ整った眉の下、大きな黒い瞳は少しタレ目なのが幼さを感じさせる。
本人は低めだというが充分通った鼻筋の下の小さな口は常に微笑みを湛えている。
小柄な身長と華奢な体格も相俟って、これぞ日本美人!を地で行く天下無敵のお雛様ぶりである。
ここで何故に俺が長々と麻泉の見た目の描写なんぞを述べているかと言えば、安部と麻泉がなんか喋っているから暇なんだよ、実際。
別に思惑なんかないぞ、ただ話の都合上必要と思われるんだ。判れ。というか誰に向けて言ってんだ。
しかし安部の奴、麻泉をタクシー代わりに使ってんのかよ。よく断らんな、朝泉。
まあ仲はいいからな、あれでも。
そう、天下無敵のお嬢様オブお嬢様が何故我が平凡な母校で尚且つ俺達のクラスメートになられたのか。
そして安部なんぞと友達付き合いをしてしまっておられるのか俺は語らねばならないようだ。
「あ〜〜、英くんもおったん〜?」
て、今気付いたのかよ。
「英くんは五十鈴ちゃんに誘われたん?えぇなぁ〜」
いい訳あるか、こっちは安眠妨害まっさかりだぞ。大体なんで最初から麻泉を誘わねえんだよ。
「卑巫魅ちゃんは忙しいからいいのよ!」
いや俺だって寝るのに忙しいぞ。
「それは暇って言うのよ、いい若いもんがだらし無い!」
どこのオカンだ、お前は。
「ごめんな〜、ウチも〜ほんまはな〜一緒に〜行きたかってんけど〜勝手にな〜休むようにされててんや〜〜ほいで〜朝からお父様の相手して〜たまにやねんけどな〜朝おるから〜長話してもうて〜ほんでな〜行かれへんことなってん〜」
あー、すまん麻泉。もうちょっと句読点のある話し方で頼む。
俺はさすがに慣れたもんで、朝泉のセリフを要約する。
「とにかく親父さんが娘と話したかったんだろ?」
「そうみたいやね〜ウチは〜五十鈴ちゃんや〜英くんと〜卒業式な〜出たかってんけどな〜ごめんな〜」
いや、別に気にしてない。むしろ出ない方が正解だったとと思うが。
「そうね、あの感動を卑巫魅ちゃんとも味わえなかったのはちょっと残念だったわ。」
だから感動してたのはお前だけだっての。
しかし麻泉があの場にいてもただニコニコしてるだけだろうな。卒業生じゃなく安部を見ながら。
その麻泉は今もニコニコとしているが、
「ほんま〜行かれんで残念やったわ〜でも〜五十鈴ちゃんは〜英くんおったから〜ええわなぁ〜〜」
そうか?そんなことはないだろ。俺なんかより同性の友人のほうが気持ちはわかるだろうに。
実際、安部は顔を赤くしながら反論した。
「な、な、なにがよ!?別にコイツがいなくたって関係ないぐらい感動ものだったわよ!」
おい、なら何故俺が連れ回されねばならん?
「ほんまやで〜ウチがおらんでも〜一緒にいってくれる人がおって〜よかったってことやんな〜?」
ニコニコと朝泉。いや、だからそれが俺であるのが納得いかんのだが。
「そ、そうね…やっぱり感動は分かち合ってこそよね!」
そんなもんかね。しかもそんなに顔を赤くして力説するような話か?
と、麻泉が安部に耳打ちするように話し掛けた。つまり俺はこの時は聞いていないんだが、後に朝泉が何かの機会で話したらしい。
つまりは又聞きの又聞きなんだが、支障はないだろう。
「まあな〜他に暇な人は〜ようさんおった、思うねんけどな〜〜英くんだけ〜捕まったんは〜不思議と言えば〜不思議やねんけどな〜」
「!!!!!いや!あの!たまたまよ!偶然ってあの…あるのよ!それに解る奴と解らない奴の見極めが大事ってか、あいつはこんなことでもないと学校を大事にしないっていうか、そう!これも愛校心を学ぶいい機会なわけだし……その……」
「ふ〜ん、『愛』校ね〜」
「!?!!??」
何言ってんだ、あいつら?
とにかく安部が愛校論を語ってんのは確かなようだが。
汗かいてまで力説してるのは麻泉のペースに合わせないように必死なんだろうな、あのゆるーい空間はかなり強力だもんな。
なら俺は今のうちに麻泉と俺達の出会いでも思い出そうか。
とは言えオチとしては簡単な話で麻泉がうちの学校に入学したのはいわく「社会勉強をせえ〜言われて〜そんなら〜普通の公立に入りたかってんや〜」というある意味セレブならではな庶民への憧れ的アプローチだったりする。
どんな社会勉強だ、それ。
ちなみに麻泉は選び放題な中から適当にうちを選んだだけあり、成績はトップクラスから落ちたことがない。
そんな才色兼備すぎる麻泉であるので、やはりというか入学当初からその存在は浮きまくっていた。
とはいえ、昨今問題化されるいじめなどではない。
多少のセレブなら憧れややっかみも生まれようが、立っているステージが違いすぎると人間はそんな気も起こらなくなるのだろう。
つまり腫れ物を触るかのように周辺から取り巻かれ眺められるだけ。
もちろん知り合いなどいない学校で、朝泉はただ独りだったのだ。
当然、クラスに馴染むなんて問題ではない。なにしろ俺だって最初はどう対応していいか分からなかったんだからな。
ただし、それを我慢出来ない奴がただ一人だけいたってだけだ。
麻泉じゃない。そいつの名は安部五十鈴だよ、当然。
奴は積極的に、というより無茶苦茶に麻泉に絡んだ。朝泉も始めは引いてたんじゃなかろうか。
しかし、そのくらいで安部五十鈴っていう奴は懲りたりめげたりはしない。
どんなつまらない事でも麻泉を誘い、無理やりに近い形でクラスと朝泉の橋渡しをしてその存在をクラスに溶け込ませて見せやがった。
俺は何故か、その安部の行動のことごとくに付き合わされただけだ。
その結果として麻泉卑巫魅は晴れてお嬢様キャラからマイペースのほほんキャラへとジョブチェンジに成功?し、現在に致るって訳だ。
それが良いやら悪いやら。
まあ本人も楽しそうだし、話せば句読点の無さを気にしなけりゃかなりイイヤツだしな。お嬢様らしい気品はあるが、結構くだけた面もあるし。
「で?安部、お前は麻泉と帰るんだろうが俺も当然送ってもらえるんだろうな?」
「ああ、アンタは歩いて帰んなさい。ワタシと卑巫魅ちゃんはこのあと用事があるから。」