【SS】なちゅらる・2

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 そんでもって日曜日になった。
 ああ、起きたさ。えらく頑張って起きた。妹がアニメを見ている姿を恨めしく思いながら出かける用意もした。
 衣装バッグの中にあった靴を取り出し(玄関先に置いておくと親が煩いからな)、サイズがピッタリなのに驚きよりも寒気を覚えつつ(これは服も同じだ)自転車で待ち合わせ場所まで向かう。
 といってもいつもの駅前なので駐輪場に自転車を止めてからゆっくり歩く。
 どうもいつもと服装が違うので違和感というか注視されているかのようで自意識過剰気味なのだ。
 さて、約束の時間まで10分以上あると思っていたのだがやはりあいつは先にきていやがった。一体いつからいやがるんだか。
「………ふーん、少しは見られるようになったじゃない」
 第一声がそれかよ。
「そうか? いつもと変わらないと思うぞ」
 用意された衣装の中で出来るだけ自分好みのコーディネイトをしたつもりだ。結果としていつも着ている服と大差ないと思っていたが、
「いい服ってのはね? ちょっとしたデザインや生地なんかに差が見えてくるもんなの。あんた安物しか着ないから分かってないでしょうけど、今日は頑張ったのね」
 安物とかいうな、結構頑張って買ったり親が買ってくる服なんだぞ。
 とはいえ昨日古泉と話した内容そのものをハルヒまで言うとはな。
「そういう服を持ってるなら毎回ちゃんとしなさいよね」
「いや、今日だけって聞いたから一張羅みたいなもんだ。毎回は勘弁してくれ」
 借り物とは言えないので適当に誤魔化しつつも俺は妙な感心をしていた。
 いや、女ってのは見てないようで見ているものなんだな。これはハルヒだからっていうものとは違うのだろう。
 なるほど、古泉がモテるのも分かる気がする。男は顔だけではない見た目も重要なのだと。
 谷口のモテない理由も分かる。男は須らく見た目だ。
 この衣装を買い取ったとしてどれだけ値引き出来るのだろうか(くれと言ったらタダにもなりそうだが後が怖い)などと益体もないことを思いながらハルヒの同窓生諸君を待つ。
 そういえば俺の服についてアレコレ言うハルヒ自身はどうなのかと見てみると、これがまあ意外と言ってもいい格好だった。
 フリルのついたシャツにリボンなんて飾っている。
 おまけにロングスカートだ。ハルヒの私服は結構見ているつもりだったが実はロングスカート姿というのは珍しい。
 衣装やイベントでドレスを着ていたことはあっても私服では滅多にお目にかかれないのだ。
 しかしこんな格好だとあのハルヒですら大人しく見えるのだから服飾とは恐ろしいものだと実感する。
 ………入学当初の長い髪だったら間違いなく清楚なお嬢様にしか見えないな。
 決して今の髪型が悪いということではない、美人なのだけは保証出来るのだから始末に負えないだけだ。
「………なにジロジロ見てんのよ?」
「いいや、人に言うだけあってちゃんとした格好してるんだなって。そういうのも似合うじゃねえか」
「当たり前でしょ、今日は不思議探索でもないから動きやすい格好じゃないだけよ」
 そういうものかね? 同窓生と会うからだとかは関係無いのかと訊いてみたかったところだが、こちらが質問する前に相手が来てしまったので俺はふんぞり返るハルヒの横で突っ立っておくことにした。
 さて、俺は涼宮ハルヒの同窓生、つまり中学時代を知っている人物というと谷口しか知らない。
 従ってハルヒの中学時代というと谷口みたいな奴が学校に居たんだなとなる。要は基準が谷口であるのだ。
 ということは、同窓生とやらもまあろくでもない奴なのだろうと(谷口の名誉のために言っておくがろくでもないというのは平均的中学生という意味だ。大体馬鹿みたいなことしかやってないもんだろ?)思っていた。
 そして約束5分前に現れた同窓生たちというのは、
「こんにちは。久しぶりね、涼宮さん」
「おー、まさかあたしらより早いとは思わなかったわー」
「結構余裕だって思ったのにねー」
 えーっと、どう表現すればいいのか分からないが、あえて言うならば普通の女子だった。
 しかも三人も。
 複数だとは覚悟していたがハルヒも含めた女四人に男一人では辛い。
 やはりこんな時は古泉の出番だ、あいつならば女性に囲まれても爽やかスマイルで切り抜けるに違いない。
「えーっと、はじめまして。あなたが電話で聞いた涼宮さんの同級生?」
 だが助けも無いままに相手は自己紹介を始めてしまった。
 はあ、まあと曖昧に相槌を打ちながら取り敢えず聞くことになる。
 何とも言い様の無い感じだ、初対面での挨拶ってのは。
 しかもハルヒの同窓で異性とくれば最早別次元の存在だと思えてくる。
 おまけに何故かハルヒは睨むように相手を見ているし、向こうは俺を値踏みしているかのように見ていやがる。
 非常に居心地の悪い自己紹介を聞いて、さてこちらもと思ったら、
「………まあまあってとこかしら」
「…………でも服とかは気を使ってるっていうかイケてるっぽくない?」
「……………だけどあの涼宮さんが………」
 何か集まって小声で話している。
 ううむ、やはり妙な感じだぜ。
 こんなことを目の前でやられたらハルヒは怒り狂うんじゃないかと心配してみれば、当の本人は女子たちを睨みながらも口を出そうとはしていない。
 これはまずい。いよいよおかしな雰囲気なので、居た堪れなくなる前にどうにかしろとハルヒに声をかけようとした。
 すると、
「それじゃこっちの紹介をするわね」
 いいタイミングだハルヒ! 俺は自分の名前を言おうとする。
「これがSOS団の万年雑用係、キョンよ!」
「っておい! あだ名で人を紹介するな!」
 思わずツッコミのほうが先に出ちまったじゃねえか! しかも、
「なによ、キョンはあくまでキョンであってキョン以外の何者でもないわ」
 などと抜かしやがる。
 それでも一応改めて自己紹介はやった。
 やったけど、
「ではわたしたちもキョンくんって呼んでいいかな?」
 こうなってしまうのだな。
 いつかハルヒの能力で俺の戸籍から本名が無くなり、テストの時まで間抜けなあだ名を書かねばならなくなるのではないかと恐ろしくなる。
「で、互いに自己紹介も終わったところでどうするの涼宮さん?」
 俺の杞憂をよそに三人組のリーダー格と思われる女子がハルヒに声をかけた。
 黒髪が肩までかかっている気の強そうな女だ。ハルヒとは合わないタイプに見えなくもない(それを言ってしまえばハルヒと合うタイプというのが少ない気もするが)。
「そうね、どうするか決めなさいキョン!」
「はあ? ハルヒ、お前何も考えてなかったのかよ?!」
 呆れたもんだ、いつもは勝手に物事を決めて事後承諾のみで俺を引っ張っていくくせに。
 どうしたもんかと考えようとしたら勢い込んで話しかけてきた奴がいる。
 三人組の一人で茶髪のショートカット、明るく元気そうな子なのだが、
「あ、あのっ! 涼宮さんのことハルヒって呼んでるんですか?!」
 いきなり言われたので驚いてしまった。
「あ、ああそうだけど。どこかおかしかったか?」
 それこそハルヒハルヒであってハルヒ以外の何者でもないという理屈になるだろう。
 ところが俺の返事は余程おかしかったらしく、
ハルヒだって! 下の名前呼び捨て!」
「お前って言ってたよね」
「それであの涼宮さんが何も言わないなんて」
 また内緒話に入ってしまった。
 どうなってんだ? 実に会話も進まない。
「おいハルヒ、どうにかしろよ」
 と見ると、なんとハルヒは顔を真っ赤にして震えている。
ハルヒ?」
「うっさい! とりあえず行くわよ!」
 赤面ハルヒに手を引っ張られ、バランスを崩しながら歩き出す。
 おいおい、これじゃ部室に行くみたいじゃないか?
「どうしたハルヒ、なに怒ってんだ?」
「いいからっ! 気にしなくていいから!」
 後ろを三人組が追うように付いてくる。
 いや、あの子たちにSOS団を宣伝するんじゃないのかよ? 置いていってどうする。
 しかもまだ何か話しながら歩いているし。
「手繋いでる!」
「すごく慣れた感じよね」
「さりげなく車道側に彼がいるのもポイント高いね」
 これでは意味がないだろう、不思議探索ではないと言ったのはハルヒ自身だ。
「ちょっと止まれハルヒ。せめて追いつくまで待ってやれよ」
「うー、だからー!」
 だから何だってんだ? 顔は赤いままだし体調でも悪いのかよ。
 と、ここで今更ながら気が付いた。
「あ、もしかして名前呼ぶのがまずかったのか?」
 考えてみれば俺は中学もこの間抜けなあだ名だったが、ハルヒが中学時代どう呼ばれていたのかなど知る由もなかった。
 なのでついいつもどおりに呼んでいたが、どうやらそれがお気に召さなかったようだ。
 そういえば入学当初は俺もハルヒとは呼ばず涼宮と言っていたのだからおかしく思われても仕方が無いのかもしれない。
「悪かった、今だけでも涼宮って呼ぶようにするか?」
「ダメっ!」
 被せるように否定された。
「けどお前、名前で呼ばれたのが嫌だから怒ったんじゃないのか?」
「い、いや……そうなんだけどそうじゃなくて………………えっと……」
 とか言ってるうちに三人が追いついた。そこまで離れていたわけでもないしな。
 いきなり置いていかれそうになったので(中学時代のハルヒのイメージもある)さぞや立腹しているかと思いきや、そうでもなかったので安心する。
 というか、何故かみんなニヤニヤしている。
 どうしたもんかと思っていると話しかけてきたのは三人組の一人で眼鏡をかけた大人しそうな印象の子である。
「すみません、遅れちゃって」
「いや、こっちが「そうよ! しゃべってないでとっとと歩きなさい!」
 人が話しているのに被すな。
 とはいえ、このタイプならハルヒは強そうだ。年上である朝比奈さんにだってタメ口をきくくらいだし。
 だが残り二人はそうもいかない。あからさまにムッとしている。
 いかん、これでは中学時代の悪イメージもあってケンカになりかねない。
 とっさに俺はハルヒの頭に手を置いた。
「いやー、すみません。こいつ久しぶりに旧友と会ったものだから妙に照れちゃいまして」
「なっ?!」
 反論しようとするハルヒの頭をグッと抑える。
「これでも団長をやってるSOS団では率先してみんなを引っ張ってるんですよ。ついそのノリになったんだと思いますので機嫌悪くしないでくださいね、俺からも頼みます」
 二人で頭を下げるような格好でもすれば少しはハルヒも丸くなったと思ってもらえるだろう。
「っの! 離せバカッ!」
「っと」
 ハルヒに手を払いのけられた。
 凄い目で睨まれたが俺はあえて何も言わずにおく。
 いいか、ハルヒ。お前が中学生だった頃に何があったかなんかは聞くつもりもない。
 けれど今のお前には俺やSOS団がついているんだ。
 今までのお前じゃない、今のお前を見せてやるんだろ?
「………ふんっ!」
 俺の手を振り払ったハルヒが何も言わずに歩き出そうとしたので、袖を引いて止める。
「だから一緒に行かないと意味ないだろうが」
 唸り声を出しそうなハルヒはともかく、展開についていけてなさそうな三人に軽く手を挙げて謝りながら、
「とりあえず昨日朝比奈さんの衣装を買ったんだよな? どうせ小物も必要だって言い出すんだからそれでも見に行こうぜ」
「そうね。みくるちゃんのコスプレにふさわしいアイテムっていうのもいるかもね。あんたにしては珍しくいいアイデアだわ」 
 いいアイデアというか、女だらけだから雑貨屋とかの方がいいだろうってくらいだ。
 どこに行くのか決めていないのであれば時間を潰すにはウィンドーショッピングくらいでいいのさ。
 ………この後、俺は自分の提案を後悔することになるのだが。
「ってことで行くわよ!」
 結局置き去りにしていきそうな勢いで歩き出したハルヒの後ろにつきながら口癖を呟いてため息を吐く。
 やれやれ、こんな調子で中学時代のイメージを払拭出来たりするのかね?
 そこまで大層なもんでもないだろうが、今のハルヒは昔と違うんだってとこくらいは知っておいてもらいたい。
 俺のそんな考えを知ってか知らずか、三人組はまだ何か話しながら俺たちの後をついてくるのだった。
「すごい、涼宮さんがあれだけ言われて何も言い返さなかったなんて」
「………かばってもらっちゃった」
「立てるとこは立ててるしフォローも上手いんかー。やるなあ、彼氏くん」