『SS』 季節知らずの転校生 3

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 部活動終了のチャイムと同時に九曜が本を閉じることによって文芸部もまた一日を終えることになる。
 そして茶器を片付ける藤原さんを待って(ここについてだけは藤原さんは誰にも触らせようとしない)みんなで帰宅となるのだが、今日だけはいつもと雰囲気が違った。
 というのも、普段は先頭を佐々木と藤原さんが歩くのだが今日は藤原さんが朝倉と話し込んでしまっているからだ。さすがにしつこいというかウザいと思われそうな気がする。朝倉も若干困ってるみたいだし。
 そんな二人が前を歩き、九曜はいつもどおり無言でその後ろを続く。ということは、後列は自然とこうなっている。
「…………………」
 とっても不機嫌な態度を隠そうともしない橘と、
「…………………」
 何故か無口な佐々木に挟まれて窮屈なあたしなのである。やれやれ、空気が重いなあ……………あたしだって朝倉とも話してないし九曜にどうなっているのか訊けないから不満だらけなんだけど。
 それにしても分かり易い橘はともかく問題は佐々木だ。別にこいつが無口だったりするのは長い付き合いでよくあることだが、さっきの橘との会話でも分かるとおり不機嫌の理由が朝倉というのが分らない。
 佐々木という人物は社交性が高く、物怖じもしない。口調や考え方は(あたしの前では)個性的ではあるが友人も多く、初対面だからといって遠慮をするようなタイプでもない。にも関わらずいきなり朝倉に対してだけ何故無視するような態度なんだ?
 とはいえ佐々木の専門家である橘がこんな調子(まだ睨んでいる)ではどうしようもない。ここはあたしから声をかけるしかないのだろう。
「おい、佐々木?」
 返事がない。何も言わずにただ前を見て歩いているだけだ。
「佐々木!」
 肩を叩いて少し声を強めた。佐々木はビクッと肩を震わせ、
「あ、あぁキョンか。どうしたんだい、いきなり肩を叩くなんて」
「さっきから声をかけてたわよ。ボーッとしてたら危ないじゃない」
「………すまない。少々考え事をしていたようだ」
 考え事? あんな顔していてか? だが佐々木は何事もなかったように、
「それよりどうかしたのかい?」
 などと言っている。普段が冷静なだけに白々しささえ感じちゃうな、ちょっと佐々木らしくない。
「いや、何も話さないからどうかしたのかなって」
「何でもないよ、さっき話したとおりさ。どうも一つの事を考えるとそれに集中してしまって周囲を疎かにしてしまうきらいがあるようだね」
 そういうものじゃないだろう、今日一日あたしとろくに話もしなかったじゃないか。佐々木の態度にムッとしたあたしはつい、
「あのさあ、何でか知らないけど朝倉に対して冷たいんじゃないか?」
 と言ってしまった。後にして思えばこの言い方が悪かったのだ。
「ほう?」
 急に佐々木の目が細まり、
キョン、確か君は朝倉さんと初対面のはずだよね?」
「あ、ああ」
「僕の記憶する限りではほぼ会話もなかったはずなのに、彼女を呼び捨てに出来るんだね?」
 しまった、と思った時には遅かった。
「やれやれ、僕の親友が初対面の人を呼び捨てにしてしまうような無遠慮な人間だとは思ってもみなかったよ」
 なんだと?! 流石にカチンときた。確かに不用意ではあったが、そんな風にバカにしたような言い草はないだろ!
「なんだよ、あたしの事より朝倉だろ?! なんであいつに対してそんな態度なのかって訊いてんだよ!」
「…………君の知り合いかと思ったから部室にも呼んだじゃないか」
「はあ? そこであたしのせいにするのかよ! ふざけんな、あたしはあいつと知り合いだなんて、」
「でも知り合いなのだろう?!」
 佐々木が声を荒らげる。その声に橘がようやく気付き、前を歩いていた朝倉たちも足を止める。
「佐々木………あの……」
「いいんだ。君と彼女が知り合いなのは。どういうきっかけで知り合ったのかなど僕が立ち入る事でもない」
 けど、と呟いた佐々木は悲しそうに、
「せめて彼女が既知の仲であるというのは教えて欲しかったな。それとも、親友である僕にも話せない事情があったのかい?」
「あ………いや…………」
 それにあたしは咄嗟に答える事が出来なかった。事情が事情なのもある。しかし佐々木が、あの佐々木が泣きそうな顔をしていたのに戸惑ってしまったのだ。
 そのあたしの戸惑いは、結果として佐々木には拒否にしか見えなかった。
「…………そうか。僕などには話せないのだね……………」
「いや、違うんだって! あたしは、」
「すまない、少々取り乱してしまった………………………先に帰らせてもらう」
 言うと同時に佐々木は走り出していた。追いかけようとしたが、
「待ってください佐々木さんっ!」
 橘が先に駆け出していた。佐々木がすり抜けていった朝倉を睨んでいたのにショックを受けたのもある。ついでに橘が藤原さんの横を走った時に脇腹にパンチを入れて蹲った藤原さんも気になったから、結局佐々木の後は追えなかった。
「…………何なのだ、あのアホは」
「すみません、あたしのせいです………」
 橘については自業自得な部分もあるのだが、佐々木についてはあたしの言い方がまずかった。だから藤原さんには謝っておく。
 藤原さんは鞄を持ち直すと、
「ふん、ガキが言い合いをするくらい日常茶飯事な事だろう。明日にでも上手くやっておけ…………対象を刺激するんじゃない」
 最後の部分をあたしにだけ聞こえるようにして、
「帰るぞ、せっかくの気分が台無しだ」
 さっさと歩きだしてしまった。残ったあたしたちを無視するかのように。
「あ、待ってください!」
 あたしは慌てて後を追う。今一人になったら沈み込んで歩けそうもないくらいだ、誰かが居てくれた方が数倍マシなんだって。
「……………」
 こうして原因となってしまった朝倉、不機嫌な藤原さん、何も言ってくれない九曜と何も話せなくなったあたしは無言のまま帰宅するだけになったのだ。雰囲気も暗く、皆が何を考えているのかも分からず不安なままで、あたしは泣きそうになるのを堪えていた。
「明日にはどうにかしろよ」
 いつもの解散場所で捨て台詞を残して藤原さんは振り返ることなく去っていった。冷たいというか、関心がないのだろう。詮索されなくていい反面、こんな時は寂しいな。
 残ったのはあたしと九曜、そして朝倉。
「ねえ九曜、朝倉。もういいでしょ? ちゃんと事情を説明してよ」
 詰め寄るようにして九曜に迫る。こいつが少しでも話してくれれば全然違っていたのだ、無口キャラはいいけど今回は許せない。
「朝倉も朝倉だよ、何であんな態度とったのさ? どうせ知り合いだってバレるんだったら最初からそうしておけばよかったのに!」
 八つ当たりに近いけど、朝倉から話しかけて欲しかった。それを待っていたあたしの煮え切らない態度が佐々木を怒らせたのだけど。
 しかし、あたしに詰め寄られた宇宙人二人の対応は意外なものだった。
「えーっと、ゴメンね?」
「――――――想定外――――」
 そう言って頭を下げられたのだ。え? 想定外って………
「私としては転校生として皆に溶け込むように遠慮しながらやってたつもりだったんだけど………」
「―――観測対象の――――行動は予期―――出来なかった―――――」
 え? それってつまり、
「別に無視してたとかじゃないのね?」
「ええ。むしろ話したかったのを我慢していたの。あくまで私は転校生だもの」
 なんだよそれ。それをあたしが余計な憶測で無視されたとか思って、それを見た佐々木が怪しんでケンカにまでなっちゃったのか?!
「先に言っておいてよ、もう〜………」
 力が抜けてガックリと崩れ落ちそうになった。お互いに遠慮しすぎて結果がこれって酷くないか?
「本当にごめんなさい、佐々木さんには明日私から事情を話すわ。インターネットでカナダに居るときに知り合ったとでも言っておくから」
 そういう気遣いが出来るなら本当に先にしておいて欲しかったわ。と言っても後の祭りなのだけど。
 しかもこれ以上話したところで佐々木はもう先に帰ってしまっている。朝倉の言うとおり明日にでもフォローするしかない。
「はぁ…………頼んだぞ朝倉」
 どっと疲れが出たところであたしも帰宅することにする。
「うん、また学校でね」
「――――また―――――」
 はいはい、またね。おざなりに返答したあたしは妙に重くなってしまった足を引き摺るようにして帰ったのであった。




 しかし、事態は簡単には終わらなかった。
 結論から先に言うと、あたしは明日を迎えることが出来なかったのだから。