『SS』キョン……、の消失 10

あたしが変な夢を見たのが金曜日。ということは今日は土曜日ってことになる。
何故こんな説明をするのかといえば、あたしは私服で駅前に向かっているからだ。待ち合わせまであと10分はある。
にも関わらず、
「相変わらず最後か、まったくお前のルーズさには閉口するな。」
…………などと藤原さんの嫌味を聞かねばならないのはなんで?
「まあまあ、キョンは確かに遅刻などはしていないんですから。私達がいつも早めに来てしまうんだし。」
佐々木のフォローにも、
「ふん、仮にも団体行動をとるなら規律は守るべきだと思うぞ。」
いや、あなたが一番そういうことから遠い存在に思えるんですけど。などとは口が裂けても言えない。なんといってもラストなのはあたしなんだから。
「あなただってついさっき来たばかりじゃないですか。私と佐々木さんは30分前から待っていたんですから!」
そんなに前から来てたのか、橘。そして佐々木も。
そして九曜といえば、
「――――――――」
いつからいたのか分からない。もし前日からいたと言われても納得しそうな自分がこわい。
さて、どうして学校でも放課後に顔を付き合わせている面子で休日にも集まっているのかと言えば、
「簡単に言えば離れがたい、と言えばいいのかい?僕は中学時代にもそれなりに人付き合いをしてきたつもりなんだが親友と呼べるのはキョン、君しかいなかったと断言できる。」
佐々木の告白にあたしは軽い衝撃を感じたものだ。少なくともあたしから見た佐々木はかなり社交的だったからだ。
「しかしだね、人間とは言語のみでコミュニケーションを取れることが必ずしも善とは限らないんだよ。むしろ言語という複雑なコミュニケートによりその人物をイメージという名の固定化に向かわせているような、ね。」
はあ、そうなの。
「今だって君から見た僕のイメージというものは僕の容姿だけではなく言葉によっても作られるはずだ。だからこそ僕は自然と君に対して言葉を選んでいるのかもしれない。」
選んで僕ってのはどうなんだろうね。あたしから見た佐々木ってのはちょっと理屈が好きなだけの女の子なんだけど。
「くっくっく、そういう台詞にまったく嘘を感じられないのが君の最大の美点なんだよ。君はもちろん気付いていないし、気付いたところで変わりないだろうけど。」
それって褒めてんの?それともあたしが単純だって言いたいワケ?
「いや君だからこそ僕はここまで自分の言葉で話せてるんだ、それだけは分かって欲しい。そして高校に入って橘さん達とも出会えた。これは僕にとって間違いのない人生のターニングポイントになるよ。」
そりゃあれだけ個性的な履歴書を持ったメンバーに囲まれりゃ人生変わらなくもないわね、佐々木本人が知らないのが残念なくらい。
「だからこそ僕はこの貴重な時間を大切にしたい。なによりも優先したいんだ、そんな僕の我がままにつき合わせてしまっているんだけどね。」
いいんじゃないか、それくらい。別にあたしは佐々木といて何ら不満などないし、あいつらが何か言うはずもない。
こうして毎週土曜日にあたし達は部外活動の名目で集まるのだが、何故か最後に到着するのがあたしなのだ。
別にいいんだけど、こうも毎回なのは癪にさわるのよね。
『俺の財布の事情も考慮願いたいもんだね』
ん? 財布? 別にあたしは誰かに奢ったりしてないわよ。それより今、あたしは『俺』って言ったような。
「――――――――」
九曜がそんなあたしに近づいた。ゆっくりと手を握られる。
「―――――大丈夫。」
「おや?どうしたんだい九曜さん。キョンがなにかしたのかい?」
別になにもしてないっての、佐々木は九曜に対しては変に過保護なとこあるんだから。
「それより今日はどうするんだ?こんな所に立ちっぱなしというのはそろそろ勘弁願いたいんだがな。」
「そうですね、どこかでお茶でもしますか?」
お、珍しく藤原さんと橘が意見を合わせてる。そうね、あたしもそろそろ移動したいわ。
「ああ、なら今日は私が行きたい所があるんだけどいいかしら?」
佐々木の言葉に全員が注目する。大抵こんな時はまず喫茶店でお茶って流れなのにこれも珍しい。
「もちろん佐々木さんが行きたいところがあるならそれが最優先なのです!」
完全にイエスマン(この場合はイエスガールなのか?)の橘が真っ先に賛成する。
「ふん、行き先が決まってるなら早く言え。」
藤原さんもこう言いながら反対することはない。
「――――――――」
1ミリの肯定で九曜が答えればあたしに反対の余地はない。というか反対したこともないけど。
『まったくやれやれだ、人の意見など聞きゃしない』
そうね、でも佐々木はあたしの嫌がることなんか言った事ないけど。
「では僭越ながら私の意見でお願いするわ、行きましょう。」
そう言って佐々木が先頭で歩きだした。行き先は言ってないけど変なとこじゃないのは確かだから何も言わない。
あたしと九曜が後に続く。だって九曜が手を離してくれないから。
最後尾に藤原さんと橘。
「おい、もう少し離れて歩け。お前などと同類に見られるのはごめんだからな。」
「なにを言ってるんですか!そっちこそあたし達の3メートル後方をストーカーみたいに付いてくればいいんです!」
「誰がストーカーだ?!」
「顔がストーカーなのですよ!」
やれやれ、黙って歩けないのかこいつらは。しかもこれが当たり前で、傍から見たら痴話喧嘩にしか見えないのを気付いてるんだかどうだか。
「ああ着いたよ。ごめんね、面白みの無い所で。」
そこは市立の図書館だった。まあ面白いものを求める所ではないわね。
『世の中の不思議を探し出すのよ!!』
太陽のような笑顔が輝いてる。そんな顔して笑えるあいつ。誰だろう、この不安な安心感は……………
「ちょっと調べ物があってね。九曜さんにもいいんじゃないかな?」
まだあたしの手を握っている九曜に向けた微笑みは月光のような清らかさだった。
「まあ静かに読書もいいだろう、出来なさそうなのが若干1名いるが。」
「誰のことですか?!」
あー、さすがにここでは静かにしてちょうだい。周りの視線が痛いから。
「では一旦解散としましょう。私は上に行くから2時間後くらいにここで会うってことでいいかしら?」
「わかりました、でも佐々木さんについていってもいいですよね?」
「どっちがストーカーだか。」
「なんですか?」
「なんでもない、僕も少々興味がある分野があるので先に行くぞ。」
藤原さんは歴史書のある棚へと向かって行った。未来人は遠い過去に興味があるのかしら?
「じゃあキョン、また後で。」
「ではゆっくりしていてください。」
佐々木と橘も階段の方に行ってしまった、専門書の山な上の階などあたしには無縁の世界だ。
そして九曜はあたしの手を握ったまま身近な文庫本のコーナーに視線を向けている。
「いいのよ、行ってきても。」
「―――――あなた――――も――――」
「うーん、ちょっとあたしは休憩させてもらいたいかな?そこのソファーにいるから。」
でも九曜は手を離そうとしない。心配してもらうのは嬉しいけど、九曜に我慢してもらうのは違うなあ。
あたしはちょっと苦笑して、
「大丈夫よ、少し休むだけだし。それにあそこなら九曜が見えるからいいでしょ?」
「―――――では少しだけ――――」
そう言って九曜はフラフラと棚の方へと歩いていった。やっぱり我慢してたらしい。
さて、せっかく静かなんだからのんびりとさせてもらいましょうか。ここ最近は本当に睡眠不足気味なんだからね。
そう思ってソファーに腰を下ろそうとした時に。
あたしの視線の端に緑色の髪の流れ。
北校の制服!!
あたしは座ることなんか忘れてその姿を追った。
今度は間違いない!あたしは何も考えずにただ追いかけていったのだった…………