『SS』キョン……、の消失 9

その日の放課後のことだった。珍しく担任に呼ばれた佐々木に、
「すまないが先に行っててくれないかな?多分10分もあれば終わる話さ。」
と言われ、あたしは一人で部室に向かった。まあ優等生の佐々木だから早くも進路のことかもしれない。
しかし今のあたしのとっては都合もいい。先にあいつらが来ていれば、の話だけど。
部室に着いてクセになってるノックをすると、
「はーい、あいてまーす。」
どうやら先に来ていたらしい。
部室には3人が揃っていた。しかしあたしもそんなに遅く来た訳じゃないのに、どうやってここまで移動してきたのか知りたいわ。
「それは禁則事項だ。」
そうですか、なにか全部それで済まされてるような。うん、未来人ってのはみんなそうなのかしら?
あたしが知ってる未来人は藤原さんだけのはずなのにみんなってのもおかしいんだけど、何故かそう思うのよね。
「で?どうなったの?」
挨拶もそこそこに、いつもの席に着いたあたしは向かいの橘に問いかけた。佐々木が来る前に話しておきたいのもある。
「それが……………」
なんだろう、橘の話し方の歯切れが悪い。
「いなかったんです。昨日すれ違った人が…………北校には存在していないのです!」
そんな馬鹿なことないでしょ!あたしの想像かもしれない女の子じゃないのよ、橘だってすれ違ったじゃない!
「そうなんです、でも北校の全生徒を照合したのですが該当する人物がいなかったのです。」
いよいよやばそうな雰囲気だ。今までも奇妙な出来事に合わなかったとは言わないけど、こんなミステリーまで遭遇するとは思わなかったわ。
「ですね。相手はどうやら接近遭遇の意思はあるようなのです。それがキョンさん個人に対してなのか私たち全員に対してなのかは不明なのですが。」
「それならばキョン、に対してだけだろう。」
どうしてなの、藤原さん?
「少なくとも僕と佐々木は北校の生徒とやらを目撃していないからだ。おそらく九曜もそうだろう。」
それに答えるように九曜が1ミリ動いた。どうやら本当に九曜も見ていないらしい。
「と、ということは敵は九曜さんの監視能力をかいくぐって私たちの前に現れたってことになりますよね…………」
橘の指摘に、あたしの背筋にゾワリと何かが走った。あの九曜の先を行くということは九曜と同様、もしくはそれ以上の力があるってことなの?
「――――――――」
無言の九曜の手が軽く握られている。もしかしたら責任を感じているのかもしれない。
「大丈夫よ、なにかあるならあの時にでも好きな様にできたはずなんだから。」
なぐさめにもならないわね、こんなのじゃ。それでも九曜は、
「――――次は――――ない―――から―――――」
って言ってくれた。その言葉、信じるからね。
「――――――まかせて」
言葉に力がある。こんな九曜は見たことがないわ、なにか決意をしたような。
「しかしこれで八方塞がりだ。もうこちらには手がないことになる。」
藤原さんが苦々しげに呟いた。そうだ、もうあたし達には探し出すヒントもない。
「どうしましょうか、相手の出方を見るしかないんでしょうか?」
橘も焦燥が顔に出ている。どうもあたし達は追い込まれていっている気がしてしょうがない。
でも、こんな事も今まで何度もあったのだ。その度にあたし達はなんとかしてきたんだから。
「それなら相手が出てくるのを待てばいいのよ。」
あたしはそう言ってみんなを見た。あれ?なんで不思議そうな顔してんの?
「いや、僕が思っている以上にお前は大物なのか?それとも単なる開き直りなのかと思ってな。」
悪かったわね開き直りで。でもあたしがどうこう出来るもんじゃないなら黙っておくだけよ。
キョンさんのそういうとこがスゴイんですけどね。」
なにか褒められてる気がしないなあ。
「―――――あなたは―――――全てを開ける『鍵』―――――――」
よくわかんないけどありがと。
何故かこうなったら流れに身を任せてしまえるのは意志が弱いのか自分で思うより神経が太いのかは佐々木にでも聞かないと分からないけど、とにかく相手が佐々木でなくてあたしに会いたいなら会ってやるわよ。
あたしなんかに何かできるなんて全然思えないけど相手と話が出来るならやってやる。
そうして佐々木たちを守ってやれるならね。これはあたし自身がそう決めてた事なんだから。
人間様をなめないでよね!ってぐらいは強がらせて。
なんてことを宇宙人、未来人、超能力者たちに宣言してしまったところに、
「やあお待たせ。思ったよりも早く来れたと思うんだけど何やら議論の中断をさせてしまったかな?」
と佐々木が入ってきた。
「いえいえ、キョンさんと今年の夏物のお話をしていたらこのムッツリが聞き耳を立てていただけなのです。」
「なっ?!お前なにを言い出すんだ!!」
「なんですか、ムッツリ。」
「誰がだ!!」
「アハハ、そうか、もうファッション誌は夏の話題なんだね。では私もその話題に加わらせてもらうわ。もちろん藤原先輩のお茶は欠かせませんけど。」
「む、それならそうと早く言え。」
うーむ、流石は佐々木。上手く橘の話題に乗りつつも藤原さんを持ち上げるのも忘れない。
橘もよくあれだけ出任せが言えるもんだわ、超能力者の資格って口の上手さなのかもしれない。
とにかく部室はいつもの雰囲気を取り戻した。いつの間にか九曜は読書モードだし。
しかし、あたしのこの変な気の強い宣言の信用性を試される機会というものがあたしが思ってるより早くに訪れてしまうってのをこの時はまだ知らなかったのだ。